1950〜60年代の日本では、海外から流入した抽象芸術運動「アンフォルメル」の影響により、
女性美術家が前衛美術で注目されました。
しかし「アクション・ペインティング」の台頭によって男性性を重視する批評が強まり、 次第に評価の場から排除されていきました。
しかし「アクション・ペインティング」の台頭によって男性性を重視する批評が強まり、 次第に評価の場から排除されていきました。
この展覧会は「アンチ・アクション」という視点から、草間彌生さんや田中敦子さんたちの作品を通して、
彼女たちの独自の表現と挑戦を再評価するものです。
ざっと説明するとこんな感じです。
(くわしくはぜひ書籍や会場で作品を見てみてくださいね)
(くわしくはぜひ書籍や会場で作品を見てみてくださいね)
同時代の作家たちとはいえ、作品の傾向はそれぞれ大きく異なります。
ここでは、私がいいなと思った作品をいくつか紹介します。(敬称略)
<会場に展示されていた年表>
この中で、特に気になったのが、1960年頃に起きた「才女ブーム」という言葉でした。
これは、才知に優れた女性を称する言葉です。
しかし一方で、「優れた女性」を特別な存在として扱う視点は、
「批評する男性」と「評価される女性」という構図を、かえって強めてしまった。
「批評する男性」と「評価される女性」という構図を、かえって強めてしまった。
何という皮肉・・・。
「優秀な女性」が特別視されることで、かえってジェンダー規範が強まってしまう……?
そんな構造の中で、少女は、若い女性は、そして大人の女性はいったい何を目指せばいいのだろう。
パワハラもセクハラもまだ、普通にあった時代。
でもそうした流れの中でも、女性たちは自分の人生に向き合い、
作家活動を続ける人も、やめる人もいて。
作家活動を続ける人も、やめる人もいて。
私たちの母・もしくは姉の世代にあたる彼女たちの人生を追体験しながら、
作品を見る、というのも、面白い見方かもしれません。
作品を見る、というのも、面白い見方かもしれません。
このあと↓は、私の感想が続きます・・・
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<ここからは、単純に私の感想>
男性たちは女性が自由に作品を作ったりすることが、許せなかったんでしょうね。
私が美術大学に通っていたころ、ある男性カメラマンが「女性がカメラマンになれるわけがない。
大きなカメラを何台も持ち、フィルムケースを抱えて動き回る仕事だから、
力のない女性には無理だ」というような発言をしてまして・・・。
アホか・・・
私はカメラマンを目指していたわけではないので、聞き流していましたが、
写真が好きな女性にとっては心を折られるような発言だったと思う。
(カメラに限らず、なにかにつけてこういうことを言うオジはいたよね)
でも一方でピッカリコニカを手に、村のさまざまなものを撮り続けた増山たづ子さんがいて・・・。
そして今では、スマホでも、きれいな写真や動画が撮れるようになり、
スマホで作品を発表するプロの写真家も登場しています。
重いカメラじゃなくても、写真は撮れる時代になった。
また、女性カメラマンも増えてきていますね。
技術の進歩に助けられながら、作品を作ることにおいて、
ジェンダーや力の強さなどは、以前ほど大きな意味を持たなくなってきている。
やっとここまで来たか~という感じ。
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